春の日
「人間の感覚のなかで、最も記憶と直結するのは嗅覚である」
らしい。
今日は4月16日。
目を覚ますと、窓から眩しいくらいの光。
洗濯物を干すためにベランダに出ると、初夏を思わせるような陽気だった。
わたしは大きく伸びをして、まだ眠っている体に新鮮な空気を吸い込ませた。
あっ、と思った。
あぁ知っている。この匂いは知っている。
頭のすみにひっかかる。誰かが出てくる感じがする。
わたしの脳みその中に人の影がちらついて、脊髄を通って体内を進み、口に出るあいだに、その影は血液に溶けてしまった。
今日は1日、その人がわたしの中を巡っていた。
息を吸う度、彼がわたしの体を刺激する。
彼、だと思うのは直感だけれど、男だからきっとこんなに切なくなる。
見えない。つかめない。思い出せない。
なのに、わたしを意識させ、悶々とさせ、ムラムラとさせ、
春の陽気は得体のしれない欲をかきたてる。
このまま晴れの日が続いたら、きっとわたしは性欲の権化になってしまう。