4月25日渋谷の夜
金曜日。夜の渋谷を代官山方面に歩く。
サラリーマンとOLと、いかがわしい人たちと、警察と、汚くていやらしいのが金曜日の渋谷。だから慎重になる。
たとえば吐瀉物なんて踏んでしまったら台無しだ。
行き先は、雑居ビルの5階。狭いエレベーターに乗り、閉ボタンを押す。
5階に着くと、左右に扉がある。左には何があるかいまだに知らない。
ふと「そういえば、あの5階の左は何をやっているところなのだろう」と思うことはあるが、いざその場面になると、早く右の扉を開けたくて、その疑問を失念してしまうのだ。
右の扉を開けると、そこはがらんどうの空間である。
大きなスピーカーが2つ。ものすごく音が良いんだ、と、むかし、体の大きなDJの人に教えてもらったような気がする。
その人が何をしているかも、いまやもう分からない。いつの間にか会わなくなってしまった。元気にしているだろうか。
部屋の窓際に大量のビンが置かれている。
日本酒や、赤ワイン、ビール、リキュールの類い。
ほとんどの銘柄が分からない。
わたしは急に腹立たしくなった。
分からないことが多すぎる。
忘れてしまったものが多すぎる。
大事にしていたつもりだったのに、すり抜けてしまったものが多すぎる。
無知が怖い。
ビンを持つ。握った時の感触を確かめる。
何も変哲のないビール瓶を手に取って、思いっきり床に叩き付けた。
ものを割るなんて、したことがなかった。
力が入りすぎたようで、硝子は目に見えぬ速さで散らばっていった。
黒い床が茶色くキラキラ光る。
ミニスカートを履いていたせいで、足が何ヶ所か切れ、血が流れた。
その血は床をつたい、わたしの周りを赤く染める。
エレベーターが動く音がした。
わたしは焦った。
このビルは夜中めったに人がこない。
3階と4階は空室になっている。
2階へは階段を使った方が早いから、エレベーターを使うのは5階に上がってくる人間だけだ。
逃げようとしたが、今になって足が痛い。血は止まらない。
扉が開いた。
わたしは息を呑む。近くにあった中で1番大きいワインの瓶を手に取り構えた。
…2人の男が入ってきた。
あなたが戦うのは、あなた自身ではありません。
内側の世界で思考と妄想と思い込みだけを使って、戦うのはもうやめましょう。
あなたはこれから、わたしたちと、どこから現れるか分からない、「ニンゲン」という皮をかぶった欲の権化と戦うのです。
行きましょう。spa wars。
みたいな妄想をしていたら、班長さんに声をかけられ、
現実でトーニャハーディングさんと話すことができたので、
やっぱり現実世界が1番いいのかも、と思った金曜日の夜。