桜
18歳で上京した当初、大学に行くのが嫌で、よく渋谷に逃げていた。
基本的にひとりぼっちだったので、取り立ててドキドキワクワクするような思い出はなく、とにかく自分の中に小さく残っているものばかりだ。
「大学に行かず、渋谷に足しげく通っていたので、こんなエピソードあります!」みたいなチャラチャラとした類いのものは1つもない。
ただただ面白みのない大人になった。
渋谷で、犬の心というコンビのオールナイトトークライブを観た帰り、朝の空気が澄んでいたので、できるだけ歩いて帰ることにした。
円山町に入り込み、ラブホテルから出てくるカップルが、ひとりぼっちのわたしなんて見えていないように歩く。
薄々気づいてはいたけれど、東京の人たちは他人のことを認識していないように生活している。本当は視界の片隅には見えているけれど、見えていない“てい”で歩く。
渋谷はそれが顕著で、だから渋谷にいるのは気楽だったのだ、と腑に落ちた。
歩き続けていたら道玄坂の上に出た。
そのまま池尻大橋を過ぎる。池尻大橋は、近くに「納豆専門店」があるので大好きな駅だ。ただ、如何せん、行く機会に乏しいのが残念。
三宿も過ぎ、三軒茶屋を目指す。はたと立ち止まった。桜が見えたからだ。
目黒川沿いに桜が咲いていた。
思わず写真を撮った。東京でもこんなに桜は綺麗に咲くのか、と初めて知った。
しばらく桜を見ていたら、心地の良い睡魔に吸い込まれそうになったので、電車に乗り帰路についた。
その後2年間は、桜の季節になると、朝方の憂鬱で爽やかなあの桜を思い出していた。
しかし、大学4年生の春に、松田くんという友人がカラオケで歌った、ケツメイシの「さくら」があまりにも衝撃的で心に響いたので、現在わたしの「桜の思い出」ランキングは彼がぶっちぎりで1位です!