炒め物
疲れていたので炒め物をした。
ジュージュー、パチパチと油のはねる音を聞くと安心する。
その匂いは、小学生の頃、家に帰る途中で近所の家から漂ってきた夕ご飯の香り。
わたしは、特にお腹がへっているわけでもなく、誰に食べさせるわけでもないけれど、とにかく大量のナスを切った。
ナス。
「お」を付けると卑猥な響き。
実際のところは、何がいやらしいのかよく分かっていないけれど、みんなが卑猥と言うんだから、なにかそういうところがあるのだろう。
実践を積み重ねれば、そのうち、「おなす」の卑猥さも分かる時が来るかもしれない。
へたを取って、ザクザク切る。
そういえば、昔、好きだったバンドがいた。
メジャーデビューはしていたが、てんで売れていなかった。
当時中学3年生だったわたしは、そのバンドを布教するため、100円ショップで大きめのトートバッグを買い、自分で宣伝文句を書くことにした。
バンド名、新曲のタイトル、バンドの特徴。
前者2つはスラスラと筆を走らせた。問題はバンドの特徴だった。
関西出身、3人組。
それくらいしか思い浮かばなかった。
今なら「エモい!」など書けるけれど(それはそれで頭悪そう)、当時のわたしにはそれが精一杯だった。
3人編成のバンドを「3ピースバンド」と呼ぶことは、ラジオで知っていた。
わたしはトートバッグに大きな文字で、「3Pバンド」と書いた。
そして、それをその日から持ち歩いた。
学校にも、塾にも、おばあちゃんの家に行くにも、わたしの傍らには常に、3Pバンドトートバッグがあった。
3Pバッグを持って1ヶ月後、そろそろ秋に差し掛かる季節の放課後、わたしはクラスメイトから指摘を受け、その時はじめて「3P」が何たるものかを知った。
すぐに家に帰って切り刻んで捨てた。
ということを、ナスを切り刻みながら思い出した。