プール
クラスで1番格好良いきみは、
スカートをひるがえし、
今日もそのナイロン製の袋に水着と水泳帽とゴーグルと大きいタオルを入れて、プールへと走っていく。
きみは女の子だけど、格好良いという言葉が似合う。
髪型はベリーショートで肩がしっかりしていて細身で背が高くて、
僕はすこしだけよこしまな気持ちをもって、きみを見ている。
本当は話しかけられたらいいのだけど、きみの格好良さが、僕の心を臆病にさせて、はじめて同じクラスになってから、もう夏になるというのに、一言も交わすことができていない。
ある夏の日の夜、忘れ物を取りに行くため、自転車を走らせて学校へ行った。
教室に入り、窓の外をのぞくと、プールに誰かがいるのが見えた。
それはいつも見ているきみの姿だった。
僕は走って教室を出た。
プールのフェンスをよじのぼって、きみの前に立った。
きみの水着姿を僕ははじめて見た。
ただ、ただ可愛かった。
「なにしてるの?」
「こっちのセリフ。なにしてんの?」
きみは、ちょっと俯いて「たしかに」とつぶやいた。
夜、学校のプールに忍び込んで泳いでいるなんて、見つかったら大変だ。
なのに、きみは今それに気がついたようだった。
もう、僕は、その返事だけで、きみが愛しくて仕方なかった。
「わたし、明日転校するから」
「へっ」
「誰にも言ってなかったけど、明日転校する。だから夕方荷物片付けにきたんだけど、プール見てたら入りたくなったから、誰もいなくなるまで待ってたの。」
きみはそう言ってまた泳ぎ出した。
僕は、立ち尽くして、どれだけ立ち尽くしていたのか分からないけど、きみをこのプールごとすくい上げて、飲み干したくなった。
瞬間、ぼくはプールに飛び込んだ。
きみはさすがに驚いて、その場に立ってぼくを見ていた。
僕はなんだかおかしくなって笑った。
きみも同じだったようで、いっしょになって笑った。
それから一緒に泳いだ。
最初はゆっくりと、背泳ぎ、平泳ぎ。
そして、クロール、バタフライとスピードがあがっていく。
25mプールの中で、きみがだんだん離れていくようだった。
「俺、きみのこと好きだった」
僕は伝えることにした。なんだか、伝えてもいいような気がした。
きみがなんとも思ってなくてもいい。嫌っていたとしてもいい。
伝えることがきみとの最も良い別れ方だと思った。
「最高の餞別だね。好きな人が同じこと思ってた」
僕はきみの手をとった。
きみの細いからだを抱きしめたかったけれど、
すべてが止まらなくなるような気がして躊躇った。
僕はきみを、この小さな世界で、この短い時間の中で、いちばん大切にしたいと思った。
きみは僕の顔を見て、笑った。
「もう行くね。さようなら」
「うん、気をつけて。さよなら」
僕は水の中からきみの後ろ姿を見送った。
プールの水を片手ですくい取って飲んだ。
きつい塩素の匂いが鼻をつき、そして、さっきまできみが流していた、涙の味が口の中に広がった。