ステラとマチルダ②
マチルダの朝は早い。
グレーのジャージ上下を着て外に出る。
日課だった平日帰宅後のランニングを早朝に変えたのは、不審者がいると近所で騒ぎになってしまったからだ。
マチルダは相変わらず、不細工のままだった。
太い眉毛は、大学進学で上京したタイミングで1本残らず剃り落とした。
女優さんのような細くて整った眉毛になりたい。皮膚まで削ぎ落すようにカッターを滑らせた。
その日からマチルダの眉毛は1本も生えてこなくなった。
1番のコンプレックスだった細い目は、どんなに手を加えても大きくはならなかった。
勇気を出して整形外科にも一度行ったが、まぶたが厚すぎるので手術は無理だと断られた。
結局、マチルダはこの5年の間に、眉毛がなくなっただけで、あとは何も変わらなかった。
マチルダは外を歩いていると、定期的に声をかけられた。
だいたい、宗教の勧誘か、美容関係のセールスだった。
その日もマチルダは、背後から声をかけられた。
「これでアナタも可愛くなれる!」という謳い文句のチラシを持った20歳くらいの女の子は、マチルダの顔を見た瞬間、チラシを持った手を引っ込めた。
マチルダは腕を切られたような感覚に襲われる。流れるのは大量の血液。
その血は、マチルダの下腹部を濡らし、足元へと流れる。目で認識し、心へと伝わる。
マチルダは急いで家へ帰った。Amazonで注文していた、ファッション雑誌を開いた。
可愛い女の子が並ぶ。街中にも可愛い子はたくさんいるだろう。でもマチルダはなかなか顔を上げられないから見られない。
ページをめくりながら、鏡の前に立つ。
「こんなに可愛くなくてもいいから、少しだけ目を大きくしたい、鼻を高くしたい、口を小さくしたい。」
マチルダは鏡を見ると泣いてしまう。わたしの顔はまるで化け物だ。
マチルダは自分の顔が周りの人の気分を悪くさせてしまうことを自覚していた。
ほかの女の人がマチルダの顔を馬鹿にし、そして安心していることも勿論分かっていた。
マチルダはため息をつきながら、ふたたび雑誌を開いた。
夏のヘアカット・アレンジ特集。カットモデルは読者モデルや一般の女の子で、いくつかの美容室がオススメの髪型を紹介していた。
「あっ」
マチルダは声を上げた。
そこには、大きな目と品のいい唇で微笑む、ステラの顔が写っていた。
マチルダはそっと雑誌を閉じ、再びページを開いた。
ステラの顔は見ないようにし、そのページだけをビリビリに破り捨てた。
お前さえいなければ。
マチルダは呟き、醜い顔をさらに歪ませた。