吾輩は猫である
吾輩は猫である。名前はまだない。
おそらく今から2時間くらい前だろう、見たことのない場所に連れて行かれた。少しのご飯と牛乳だけ渡されて車から降ろされた。
おばさんは、一瞥をくれ、そのまま車に乗って走り去ってしまった。
俺は突然身に降り掛かってきたこの状況を理解できなかった。
明日はケンタたちと野球をする予定だった。バッドもグローブもきちんと磨いたのに。
泣きたかった。けれど、この真っ暗な中で泣きわめいても意味がない気がした。それほど周りには何も無かった。
とにかく歩いてみよう、と歩き始めたが、いまだに何も見えない。腹が減ったので、飯を食らった。
急に気分が悪くなった。目眩がする。立っていられない。そのまま気を失った。
気がついたら、俺は、すさまじい成長を遂げていた。
髭が生え、声が変わり、目線の高さが変わっていた。
恐る恐る下着の中をのぞくと、ずっと生えないことが悩みだった陰毛が見事にモサモサ生えていた。
まるで、「逆コナン」状態だ。
俺は走った。とにかく怖くなった。
どうやら大人になったからといって、体力が落ちているというわけでもなく、歩幅が広くなった分、走るスピードは上がったようだった。
どれくらい走っただろうか。街が見えてきた。あたりは日が暮れようとしていた。
その街は割と都会に見えた。
ぴちぴちのTシャツとスボンを着ていた(結果的にそうなっているだけだが)俺は、仕事帰りのサラリーマンや、学校帰りの女子高生たちから怪訝な目で見られた。
仕方がないので、なるべく目立たぬよう、駅の広場の端にあったベンチに座っていた。ところが、疲れがドッと出たのか、俺はそのまま眠ってしまった。
気がついたら、俺は、ゲイバーにいた。
ゲイバーにはもちろん行ったことがなかったが、隣に座っていた男が一から説明してくれたので理解できた。
その男は新しい服を買ってくれ、全身を綺麗にしてくれた。
俺が何者なのか聞くこともせず、ただ、一緒に住むことだけを条件に、俺の生活すべての面倒を見てくれた。
その日から、俺は猫になった。
吾輩は猫である。名前はもうない。